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絶対を求める心理

 あなたの周囲にいる肉親や友人、恋人といった人々は、その人なりにあなたに好意や好感を抱いているでしょう。ですが、完全ではありません。親でさえも。あるいは、自分の想いでさえも日々移ろうものです。
 不変で揺るがない愛を求めたら、その対象は身近な人ではありえなくなってしまいます。いつも自分に従ってくれるペット、そして、決して逢うことがないが故に自由に空想を膨らませられる有名人など等。
 ありのままの現実を受け入れられない心は、神秘的、超越的な理想や幻想に依存するようになっていきます。そして、空想の中の、絶対的に自分を受け入れ愛してくれる何ものかを夢見続ければ続けるほど、現実はつまらないものになっていきます。

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また、そうした心は、幻想の中の理想像を、現実の人間関係にも求めるようになります。空想の中の母、恋人、絶対的存在のように自分を愛してほしいと求めるのです。
 もちろん、そうした無謀な要求に応えられる人など、誰もいません。愛を乞う人は、ますます現実に失望していくことになります。
 こうして、ありのままの世界を見下し、背を向けて、虚構の中に理想を見出そうとすると、時に人は現実を敵に回してしまいます。愛を口にしながら、一かけらも、目の前にいる、自分に愛情を注いでくれる人々を愛せません。なぜならば、不完全だから。理想に満たないから。もっともっとと要求して、不平を言います。
 彼方にある理想郷の愛を、愛を知らない人々に教えるのは自分だと考える人もいるかもしれません。そうした人の元には、愛に渇いて乞う人たちが集まり、地に足の付かない愛を説いたりします。自らも、周囲の人々も愛せず、ただ無限を求めるばかりの人たちが語る愛は、周囲の人々に、違和感を感じさせることでしょう。
 にもかかわらず、現実を受け入れない人は、幻想の理想郷に投資してしまいます。お金と時間とエネルギーのありったけを捧げれば、報われるという虚偽の約束の元に。搾取者を潤わせるばかりの行為を、疑うことなく続けます。
 あなたに手を貸してくれる人にしがみつき、倒れさせ、逃げ出していく相手に向かって、愛がない!!と、叫んではいけません。その人の好意は、その人の最善なのです。
 人の好意に気付き、自分もまた周囲の人にささやかな喜びを贈れる人は、虚構の神や理念を偏愛したりしないものです。
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カテゴリ: カルト

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