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有害な人に利用されるのはなぜ?

 真面目に誠実に生きているにもかかわらず、なぜか、モラハラ加害者のような有害な人に好まれてしまう。そうした経験が2-3重なったら、自分の中の何が、相手に好まれているのか検討してみるのがいいかもしれません。その人たちが、あなたの有能さに脅威を感じて、今のうちに潰そうとしているのか、あるいは、御しやすい相手だと高をくくっているのか。いずれにしても、その人たちの存在は、あなたを悩ませることでしょう。
 柔軟さや柔和さは、言うまでもなく良い特徴です。相手を受け入れ、理解しようと努めるその姿勢のおかげで、多くの良好な関係性も築けたことでしょう。
 ですが、一筋縄ではいかない一部の人々が、あなたを悩ませます。一歩引いて相手を立てるその癖が、あつかましく押しの強い人をいい気にさせてしまうのです。
 察しの悪い人には、言いにくいことをはっきり言わなければ、解らないのです。ところが、平和と調和を愛する人には、これが難ししいのです。

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他人に依存して利用する人は、基本的に誰に対しても同じ姿勢で臨みます。自律した人には理解しがたいかもしれませんが、それがその人の生きる姿勢なのです。他人に迷惑をかけているといった意識は、おそらくありません。
 そうした人を受け入れてしまう時は、孤独で人に飢えた状態であることが多いことでしょう。こうした時には、夜中に長電話かけてくるような人でも、電話がかかってくる、その事自体を喜んでしまいます。一人ぼっちでいるよりは、誰でもいい、人と接点を持ちたいのです。ですから、ノーが言えません。どれほど迷惑でも。
 ノーと言ったら、相手を傷つける。その結果、嫌われて、仲間はずれになる。一人ぼっちになってしまう。どんな相手でも、一人ぼっちよりはまし....。そうした葛藤が、ぐるぐる頭の中を回っていませんか。孤独になることは社会的な死、精神の死だと、過剰に怖れていませんか。
 一人ぼっちよりはましと思っていると、他者との間に適切な境界線が引けません。依存されて、利用されたりすることでしょう。相手がそうした態度を取ることを、無意識のうちに許してしまっているのです。
  寛大さは好ましい性質ですが、そこにつけ込む有害な人間を引き寄せやすい傾向があります。あなたが示した親切な対応に、ちゃんとお返しをしようとせず、さらに多くの時間や動力をあなたから奪おうとする相手の要求に、応え続けることは危険です。
 感情は正直です。誰かの要求に応じて、手を貸してあげたがために嫌な思いをしたことがあったら、それを忘れてはいけません。また、同様の要求をされたときに、同じ思いをしないために。
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