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過剰同調性

 相手の迷惑を省みず、自分の手足のように都合よく使おうとする人に使われて疲弊してしまう人、その人は過剰に他者に同調する傾向があるのかもしれません。
 子供時代、いじめにあったり、家庭が暴力に満ちていたり、ストレスの多い成長期を過ごした人にありがちです。常に自分を抑圧し、相手に同調することで、味方を得て生き延びてきた人といえます。心には常に抑圧がかかっているので、その疲れが体に現れ、慢性疲労症候群に陥る人もいるといわれます。こうした人は、ともすれば心身ともに疲れ果てる傾向が強いものです。

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解決策は、感情を適切に表現することですが、それができません。他人が怖いのです。ですから、俊敏に相手の表情や声のトーンを読んで、相手の機嫌を損なうような発言はしません。そのため、職場等の集団の中では、どうしても自己犠牲的になります。相手の責任を追及したり、非難したりなどは、一切しません。心の中ではしていますが。
 意見が異なると、自分が折れて、相手を優先させます。そうまでしても、人間関係がうまくいかないこともあります。そうした場合は、自分がばかだった、人を見る目がなかったと自分を責めます。
 野生動物は、怪我をしていても平気なふりをしますが、過剰同調性も人に弱みを見せません。成長期の負の体験の数々が、人に対する不信感として根底に居座っているのかもしれません。
 孤立する恐さも知っているので、不要に敵を作らず、仲間はずれにならないように、相手にとって好ましい存在であるように、常に気を使っています。それは、本音を封印することですので、心には大きな負担がかかります。したくもないことをしたり、リップサービスばかりなので、疲れやすく、常に心に葛藤があります。

 過剰同調性の強い子供は、空想の中に避難場所を求めます。本来、楽しいものであるべき親子関係や、学校での人間関係が、苦痛や緊張をもたらす場合、空想の物語や想像上の人物に理解と安らぎを求め、現実をシャットアウトする時間を持つことで、過酷な現実を生き延びるのです。
 大人になるに従い、空想の世界は閉じていきます。現実の中に気の会う友人を見つけ、本音で語り、自信も備わるようになっていくのです。
 それでも、合わない世界では、やはり過剰同調性を処世術とする方法を選びます。それが仲間を得て、孤立を払拭した方法だからこそ。人はマイナス体験に引きずられるのではなく、成功体験を繰り返すものです。暴力で子分を増やした者は暴力を、同調で友人を増やした者は同調を。
 同調は浅い付き合いの相手の場合には、効果的です。付き合いが深まるにつれて、自然に振舞えるように移行する、それが望ましいのですが、いつまでもそうなれないようなケースで、過剰同調性に陥った人たちは心身共に疲れ果てます。無理をして合わせなければ続かない付き合いは、ストレスを溜め込む結果をまねくばかりです。
 かつて、青少年だった頃、過剰同調性によって、過酷な社会を生き抜いてきた人は、その後も、自分にふさわしくない居場所に、忍耐強く耐えて留まってしまう傾向があります。やっと、抜け出した後で、もっと早く去るべきだったと後悔することが多いのです。逆に、決断を早まったと後悔することはありません。
 今いる場所で、辛いことが多いとしたら、葛藤し悩むことが多いとしたら、それはあなたにふさわしい場所ではないのかもしれません。
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