Sponsored Link

愛着未満

 もしかしたら、友人に、あるいは恋人に、ただ利用されているだけ ? 遊ばれているだけ ? そうした疑念や不満を、抱いた経験のある人は、少なからずいるかもしれません。
 人は他者を、本能的に求めるものです。孤独感や不安感は、一人では膨張し、人との触れ合いの中では縮小するのです。
 そこで、他者とお近づきになろうとして、その手段として、親切にしたり、優しい態度で接します。それは、本来の性格ではなく、戦略といえるでしょう。
 戦略であるからには、成果が上がらなくては意味がありません。相手の好意や、同等の善意を相手から引き出せなければ、不毛感が募ります。そこで、ただ利用されているだけ ? 遊ばれているだけ ? と、相手に対する不信感も芽生えてきます。

Sponsored Link

親切にも優しい言動にも、それを実行するにはコストがかかります。ところが、人は、関心のない相手の言動は、深く意識しません。相手の態度から、そういう性格なのだと決めつけることも多いものです。
 好意を持っている相手から、優しくされれば、喜びを感じ、相手に報いようとすることでしょう。ところが、これといって関心のない相手から、同様の態度を示されたところで、優しい性格の人なんだな、と感じるだけに留まります。
 相手がコストを支払ってくれていると感じれば、お返しの必要を意識しますが、関心がなければ気遣う必要性も感じず、相手に対して心配りというコストをかけません。
 それだけだと問題は生じませんが、あの人は優しいから頼みごとは何でも引き受けてくれると、都合よく利用しようとする人もいます。相手に対して自分は愛情はないけれど、あちらは自分と付き合いたがっているので、便利に使おうというわけです。

 相手を失いたくない、相手にとって必要な存在になりたいと思っている側は、その要求に応じてしまいます。そうした一方的な関係性が続き、疲れ果て、やがて最初のことばをつぶやくのです。ただ利用されているだけ ? 遊ばれているだけ ?
 苦労して手に入れたわけじゃない、向こうから押しかけてきた人にすぎない、としても、自分に対する献身に感謝できない相手なら、本来付き合うべきではありません。こちらも好意や好感を抱き、相手の人格を受け入れ、相手の幸福のために役立ちたいと思えないような相手に、サービスを要求するだけではいけないのです。
 
 単に相手を利用している人たちは、自分の欲求に忠実なばかりで、相手にその見返り、感謝や労わりを与えず、相手の人格への尊敬が希薄です。この人の幸せのために、できることをしてあげたいというという、好意があれば自然と湧いてくる感情さえも見当たらず、常に自分本位になっています。
 
 用事があるときだけ電話を掛けてきて、頼みごとをする人、逆にこちらが落ち込んで話を聞いてほしいとき、何度電話を掛けても出ない、あなたのことをただ利用しようと思っているだけの人に、ありがちな特徴です。
スポンサーサイト
テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する