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他者を破壊したがる人

 他人を攻撃せずにはいられない人は、あなたの仕事ぶりに難があるから、難癖を付けているわけではありません。攻撃対象になってくれる人であれば、誰でもいいのです。
 その証拠に、あなたがげっそりやつれて離職した後、後任に対しても同様のいじめを繰り返します。ただ、単に自分の攻撃欲を満たしたいので、黙って耐えてくれそうな人物に目を付けているだけなのです。
 ターゲットに選ばれてしまった人には、いえ、他の大部分の普通の人にも、「理由もなく人を繰り返し攻撃し続けることに快楽を見出す人」が存在することなど、思いもしません。何か、それだけの理由があるのだろうと、被害者の問題点や、加害者の立場などに憶測を巡らせますが、それでもさっぱり解りません。なぜ、被害者の苦痛を見ても、憐れみの念が湧かないのか、なぜ、下劣な自分の行為を恥じないのか、と。ですが、「後輩をいじめて、離職に追いやってやった。」と誇らしげに自慢するような人もいるのです。他者を破壊したがる人にとって、自分の行為が容認されていることは、勝利に他ならないのかもしれません。

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常習的に嘘をつく人は、相手がその嘘を信じる様子を見て、嬉々として声を弾ませ、さらに嘘を塗り固めます。それがばれた時....そんな遠い未来のことなど、考えないのかもしれません。この場さえ凌げればいい、それだけなのかもしれません。執拗な嫌がらせも、目障りな対象を破壊したいという本能的な欲求に、忠実に生きているといえるかもしれません。
 とはいえ、高い代償は払いたくはないことでしょう。ですから、ターゲットに選ばれるのは、反撃してきそうもない、おとなしく、真面目な人です。加えて、加害者の目に「幸福そう」と映る人は、加害者の破壊願望に火を付けます。
 加害者は、正義や常識といった「善なるもの」で武装して、被害者を叩くこともあるでしょう。彼らの主張する正義とは何か。自分にとって有利で都合のいいもの、そして被害者には不利益となるものです。正義を別の言葉で言いかえるなら、欲と保身に他なりません。

 誰しも、多少なりとも、人を見る目があると信じています。そうした危険人物に遭遇したら、前もって解るはずだと。
 もちろん、初対面から、殺気立った視線を投げてよこす人もいます。その一方で、温厚そうに見えた人物から、壮絶なハラスメントを受け続けるという展開になることもあります。
 利害が絡む場合には、相手の意図は解りやすいですが、職場にとっても自分にとっても不利益になるにもかからわず、執拗にあなたを打ちのめし、あなたの家族の人格までも誹謗中傷するようなタイプは、何が目的なのか、あなたは量りかねることでしょう。
 部下を執拗にいじめ抜く上司は、強烈な劣等感の持ち主です。あなたの目には、一応の成功を収めた人かもしれませんが、同世代の中ではぱっとしなかったり、自分の人生を恵まれないものと感じていることでしょう。
 若く未来のある部下の心に痛手を加えるのは、その不毛さを埋め合わせる行為かもしれません。自分の過去への復讐と言えるかもしれません。
 上司の人生のしくじりの責任を、他の誰かが負う必要はありません。ですが、立場の弱い人に押し付けることが可能なのも、社会の仕組みなのかもしれません。
 このような上司は、頻繁に人員が入れ替わり、職場の業績が上がらずとも、次のターゲットを攻撃します。倒せそうな獲物を物色し、襲い掛からずにはいられない飢えた獣のように。食事する感覚で、弱い立場の者を食い物にし、良心の呵責も起きず、暫くするとまた腹をすかします。また食らわねば、自らの精神を生かせません。それほどに、深く病んでいるのでしょう。
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