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「ナルシシズム」と自己正当化


 「ナルシシズム」は、自分を愛しすぎる病と捉えられることもありますが、ありのままの自己受容が揺れ動くために生じてるようです。
 すると、必然的に、周りの人からの承認を求めるようになります。他者からどう見られるか、それが、自分自身の価値基準となっているのです。
 多くの人から承認されるためには、社会の基準や枠組み等、多数派の意見に自分を沿わせる必要があります。そこで、同意を得られやすい規範、常識を、その背景にあるからくりを吟味することなく、受け入れます。
 傍目には「表層的な解釈をする人」と映るかもしれません。
 人として本来の欲求や感情は、社会の倫理とは一致しません。この矛盾から来る葛藤を避けるために、自己のエゴの自覚を回避すると、失感情症のようになります。「ねばならない」が行動の基準です。
 多くの人からの評価を勝ち取るために、「ねばならない」で行動していると、もっと自然に生きている人々がエゴイストに見えてきます。自分を縛っている人ほど、他者に対しても、不寛容なのです。


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 他者の事情に聞く耳持たず、「ルールだから、校則だから、常識だから、これが正しい、従え。」と、有無を言わせず、相手を黙らせたりします。
 逆に言えば、その正しさを「全面的に信頼」して依存しているのです。
 ナルシシストは、その集団にあって、一番権力を持つ者を見つけ出すのが上手だといわれています。
この人から認めてもらえれば安泰だと、考えている節があります。
 何が重要かはその相手が決めてくれるから、自分は責任を負わずにすむのです。
「ルールだから、校則だから、常識だから、十戒だから。」
 それにさえ従っていれば、間違うことはない。非難されることはない。多くの人々から、賞賛されるはず。
「権威者が決めたことだから、自分が責任を負うことはない」という判断の元に、どこまでも残酷になる人もいます。
 人は権威者の命令にどこまで従うかという社会心理学の実験では、多くの人が、致死量の電流を被験者に流してしまいました。もちろん、実際に電流が流れていないことは、伏せられていた状況で、です。
 自分のしたことが相手を傷つけたことが明らかになった場合、ナルシシストは逆ギレ、逆上といった反応を示します。相手を果敢に突き続け、相手も攻撃されるにふさわしい非があったはずだと決め付けて、譲りません。相手が怒ると、さらに、烈火のごとく、怒り続けます。
 あまりの攻撃に、体調を崩して入院した相手の枕元に立って、さらに攻撃を続ける事もあります。普通の人には、この激怒は理解できません。一言謝れば、相手の感情もなだめられるのに、なぜそれが出来ないのか....
 おそらく、判断が間違っていた、という自覚を拒否したいのでしょう。「あの人が言ったとおりにしたんだから、間違っていなかった」と思うことで、なんとか自己評価の下落を食い止めようとしているかのようです。
その為に、いつも、絶対に間違わない神のような権威者を必要とし、自らもまた、そうであるかのように他者に振舞おうとします。
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テーマ: 人格障害 | ジャンル: 心と身体

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