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平気で他人を利用する友人

 自分がやりたくないことを、他人に押しつけたら、一つ雑用が減り、楽をできます。それが成功すると、平気で他人を利用することが、癖になり、やがて生き方にもなります。そうした人に限って、逆に人から無理強いされそうな時には、冗談じゃないという顔をするものです。
 平気で他人を利用する人は、近視眼的な視野を持っているのかもしれません。そうすることで楽ができる、メリットだと。引き受けてさえくれたら、この人は従順で言いなりになる人だと、表面だけを見て、相手を侮ります。
 一方、決して他人に無理強いしない人は、自分のメリットのために人を利用すれば、嫌われてしまうと恐れたり、利用すること自体に罪悪感を感じているものです。そこで、自分の心理的負担をなくすために、お返しを配慮します。

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 他人を利用する人は、お返しなど考えません。スーパーに行くのが億劫だと、隣人に電話して、「玉子を買ってきて」と頼みます。引き受ければ、頼まれごとが頻繁になるばかりです。形式的な言葉以外のお返しはありません。
 他人を利用する人は、当然ですが、相手を尊重していません。相手の足元を見ているといえます。この人は、私以外の友人もいない、モテないから、他に恋人ができることもないだろう。だから、粗末に扱っても、私から去って行かないはずだと見込んでいるのです。狙われてしまっているといえます。たとえ、家族が抗議に来たとしても、「本人の意志だから」と強気です。
 その一方で、それなりの立ち位置にいる人には、手厚くもてなします。間違っても、「スーパーで玉子を買ってきて」などとは言いません。無意識のうちに、利用しても大丈夫な相手かどうか、値踏みしているのです。
 では、そのような相手なら、尊重するのかといえば、決してそうではありません。利用する場所が違うだけのことです。そうした相手には、集会の司会や役員をお願いするなど、自分の利益に役立てようとすることに変わりはありません。
 矢継ぎ早に雑用を言いつける場合は、「あなたはそれくらいしか使い道がない」と言っているようなものです。しかも、こんな扱いをしても去っていかないと、相手をなめきっています。良く言えば、表面的な相手の特性を見極めて、適材適所に配置する才覚があるといえます。
 とはいえ、相手の道具に使われ、手入れもされず放置されるのは、気持ちのいいものではありません。では、他人を利用しようとするずるい人に対して、どのように対処すればよいのでしょうか。
 良心的な人は、利用しようとする友達に嫌気がさしてきた時点でも、なんとか相手の良いところ探しをして、決して悪い人じゃない、多分あれことストレスが溜まっているのだろうと、相手の心境を察しようとします。許し、受け入れようとして、苦しむのです。そして、さらに利用され続けた挙句に、この人はもう友達じゃない、むしろ、最初から友達だと認識されていなかったと知り、愕然とします。
 友人は、多ければいいというものではありません。他に楽しく過ごせる友人がいれば、そちらにウエイトを置けばいいのです。自分を利用してくる友達と、今日はどこにも行く予定がないからという理由で、無理して会う必要はありません。逢ったところで利用されるばかりで、楽しくはありませんから。それは、利用してくる友人を、友人としてカウントするという利用を止めることでもあります。
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