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加害者の心理

 特に仕事のミスをしたわけでもない、他の人と比べて劣っているとも思えない、にもかかわらず、どうもパワハラ、モラハラの対象として選ばれてしまったみたいだ......そう感じるとき、声なき声で問わずにはいられません。「なぜ....?」と。
 加害者の、不信と恨みのこもった煮えたぎるような目つきで舐めまわされると、全身が総毛立つ想いで、身震いしてしまうことでしょう。「なぜ....?」と口に出したい言葉も、凍り付きます。

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加害者の心が荒れて、荒んでいる理由は、ほぼ、あなたではありません。過去の、不毛だった人生に対する苛立ちを、一番ぶつけやすい対象にぶつけているだけです。これまでの人生で負った負の感情を、吐き出さずにはいられないのです。
 自分を肯定してもらったことが、無いのかもしれません。些細な間違いを、許してもらえなかったのかもしれません。愛されていると、感じたことがないのかもしれません。ですから、自分を肯定できずにいます。こんな自分が、相手の目に、好ましく映っているはずがないと思っています。そこで、猜疑心の強い眼差しで、相手の心を探るように、視線を這わせます。
 受け入れられたい、認められたい、愛されたいと望んでいるにもかかわらず、それにふさわしい態度を取ることができません。他者から何ももらえず、何も持っていないのに、与えよ、そうすれば与えられる、と言われても与えられません。与えてほしいのは、自分なのですから。自分だけが与えられない経験ばかりを積んできたのに、与える喜びを知れというのは、酷な話です。
 他人はみんな加害者だと心に刻印されていれば、見知らぬ第三者が事故や災害に見舞われた痛ましいニュースも、同情の対象にはなりえません。むしろ、他の人の上にも、不幸が及ぶことがあるのだと、ほっとするかもしれません。
 加害者が、感情のゴミ箱として選んだ相手には、下記のような態度を取りがちです。挨拶しても、無視する。口を利かない。
 見え透いたお世辞を言う、その後で、前言を覆すように貶す。
「そんな事も知らないのか」「どんな育ち方をしたんだ」「親は学のない農家だろう。だからまともに躾もできないんだ。」といった人を貶す言葉を多用します。
 大丈夫だと見込んだ対象は、徹底的にいたぶって、良心の呵責を感じることもありません。他者の痛みを感じるセンサーが作動しないのです。人を不幸にし、自らもまた不幸に落ちていきます。他者に傷を与えて、自らが無傷でいることは難しいのです。いえ、被害者が出会ったときから、加害者は手負いの猛獣だったのかもしれません。
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