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習慣化するハラスメント

 以前は感じのいい人だったのに、役職に就いたら、人が変わったように支配的になってしまった、というような経験はありませんか。以前はフラットだった関係も、どちらかが上の立場になると崩れてしまう事があります。
 そうなると、心理的に惨めさを感じることも多くなり、友人をなくしてしまったという意識を持つ人もいるかもしれません。
 上司、リーダーという立場になると、一人ひとりの事情に合わせるよりも、スケジュールを進めていくことに重点を置かざるを得ません。すると、周囲の人たちが、持ち駒に見えてきます。そこで、権限によって、駒を動かし、スケジュールを消化することしか眼中になくなってくるのです。
 他者を駒として使うことに慣れてしまうと、遠慮の気持ちもなくなり、タガが外れたように、エスカレートしていきます。立場が、日常が、習慣が、人を変えてしまうのです。ですから、事態はどんどん悪化していくばかりです。まさか、自分が加害者となっていることなど、気付いていないかもしれません。

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物事の受け止め方には、個人差があります。加害者かどうかは、被害者の判断が基準となります。加害者にならないためには、相手の人格を尊重し、対等な関係をつくっていこうと、常日頃意識していることが大切です。
 仲間だから、身内だから、この程度のことは許されるだろうと、勝手な思い込みや、過ぎたる甘えは間違いのもとです。性格や置かれた立場から、はっきりと断らない人もいます。気乗りしないけれど、後後のことを考えて、しぶしぶ引き受ける人もいます。拒否しないのだから、それでいいと思っているとは限りません。表面だけを見ず、相手が背負っている数々のドラマを考慮することも大切です。言動の背後にあるものについて、たった一つの解釈をすると、読み違えてしまいます。
 「奴隷のように扱われた」と被害者が言っているのなら、それが被害者にとってのまぎれもない事実なのです。「言葉遣いのキツイ人だ」などと相手の問題にしても、解決には至りません。

 加害者のなかには、自分が相手に与えた痛手を反省しない人も、少なくありません。相手が自分の意志で引き受けたなど、あくまでも相手に責任にしようとします。相手は困った性格だ、本人に代わってクレームをつけてきた家族は、もっと困った人だと、自分を被害者の位置に置いてしまう事も多々あります。
 たとえ、相手がノーと言わない性格であっても、それにつけこんで、苛立つ感情のゴミ捨て場に使ったり、矢継ぎ早に命令して顎で使ったり、相手の人格を傷つけることなど許されていいはずがありません。

 気がつかない間にハラスメントの被害者にならないよう、心がけましょう。それには、相手に媚びない毅然とした姿勢が大切かもしれません。
 周囲の人たちからの評価を得たいと願っていると、どうしても彼らの我がままに対して寛容になりがちです。そうした自己犠牲が過ぎると、被害意識も生じてきます。
 与える側の友好的な態度を、どう解釈するかは、受け取り手の問題です。こちらが与え続けても、尽くし続けても、「あ~、憂鬱だ。この世は虚しい。」と嘆く人もいます。
 誰かを幸せにすることなど、できないのかもしれません。どういう状況であっても、それに幸不幸の判断を下すのは、当事者だけなのですから。
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