Sponsored Link

自己愛人間

 自己愛性パーソナリティの人は、しばしば反社会的に見えます。良心が欠如しているかのように見えるのです。
 良心とは、相手に対する想像力です。愛情があれば、相手の心情が、おのずと見えてきます。したがって、愛する能力の欠如した人とも見えます。
 自己愛の強い人は、他者は自分の欲求を満たすために存在していると感じています。自分の必要を満たすために、他人の迷惑も省みず、利用しようとします。相手には相手の仕事や家事や人生があると、表面では知っていても、理解しているとは言い難いところがあります。
 相手の立場への思いやりは全くなく、とにかく自分の欲求を優先させようとします。それでいて、自分の都合のために、相手を利用しているという自覚がありません。悪意がないのも特徴だと言えるでしょう。
 まじめで世慣れていない人は、素直に従い、いつの間にか従属的な立場に仕立て上げられます。自己愛人間は自他の境界がわからない人だということを、知っておく必要があります。
 境界線が無いとは、他人を自分の手足のように扱ってしまうことです。自分の手や足がすべきことを、時には、自分の頭が考えるべきことも、他人に丸投げしてしまいます。酷使した自分の手足に感謝し労わらないように、肩代わりして働いてくれた他者も労わりません。さながら、他者も自分の身体の一部であるかのようです。

Sponsored Link

彼らは、華やかな社交性を身にまとい、一見、自信に満ちた人に見えますが、実は引き立て役を求め、周囲の人を見下すことで自尊心を養っています。この人よりも優れているという、相対的な優越感を常に求めています。このような人がリーダーシップを取ると、パワハラ問題も浮上してきます。
 自分の要望で人を動かそうとするばかりで、周囲の人に関心を持たず、その人の事情を知ったとしても批判や非難ばかり。これでは相互扶助といった良い交流は持てません。もっとも、相互関係を築くことになど、全く関心はないのかもしれませんが。
 自己愛人間は、思い通りに動いてくれる母親との関係を、他の誰にでも求める幼児の姿に似ています。幼児に似て、地に足が着かず、現実を無視して、虚構の世界に遊んでいるようなところもあります。

 その人が一方的に要求ばかり持ってくるのなら、その人はあなたを対等な友人とは思っていません。子分、召使、奴隷、自分の意のままに動くロボット、そんなところです。できないことはできないと、無理なことは無理と、境界線の存在を示す必要があります。
 子分のように扱われてしまうまでには、断ったにもかかわらず、そこを何とかと無理強いされて引き受けてしまった経験の幾つかがあることでしょう。相手の役に立っていれば、いつか自分が困った時には助けてくれるに違いないという思惑もあったかもしれません。
 ですが、やさしさに対して、やさしさを返せる人ばかりではありません。お返しは、その場で受け取るものがすべてです。相手の笑顔や楽しいひと時、先の期待はしない、それでも付き合いたい相手かどうか、今一度考えてみましょう。
スポンサーサイト
カテゴリ: 発達障害の周辺

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する