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辛いことはやめよう

 他人に振り回されて、楽しくない、辛いと感じるなら、そうした事がらから距離を取ってみましょう。望まれるままに、自分のエネルギーを他人に提供しないで、あなた自身も幸せになるために使いましょう。それには、自分の心に問いかけて、辛いと感じることはやめることです。
 誰かのために力を貸せば貸すほど、その人の要求が強くなると感じるようなことはありませんか。初めのころにはあった感謝も、いつの間にかなくなり、やってあげても至らぬ点を指摘して、苛立ちや不機嫌を向けてくるばかり。
 これは、二人の間の境界線があいまいになってしまっているのです。自分の用をやってくれるのが当たり前と思っている相手。頼まれたからと自動的に動いてしまうあなた。
 これほど支えてあげているのだから、不可欠な存在になれているはずと思ったら、恋人以下、友人以下、もしかして都合のいい家政婦???そうした疑念を、相手に突きつけたくなって、涙ぐんでしまう。

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尽くしすぎると、相手との関係は近くなるかもしれませんが、それは、やさしさに優しさが返る関係性とは限りません。その関係性に傷つくことも多くなりやすいのです。悲しさや憤りが湧きおこるとき、相手との関係はフェアではありません。フェアな関係を目指して頑張ってきたはずなのに、実は、頑張りすぎてアンフェアになってしまっているのです。
 求めているのは、子分や手下のように顎で使って、陰で見下す言葉を吐くような相手ではないはずです。あなたの優しさに対して、理解と愛情を返してくれる相手のはずです。それを得たいがために、辛い気持ちを我慢して、さらに貢献しても、貢献すればするほど、望みは遠のいてしまいます。
 優しい人だから、何でも拒まずやってくれるという評価を受けているなら、それは自ら壊していく必要があります。自分が消耗してしまうまで尽くしていては、相手に対して恨みを抱いてしまう結果になりかねません。
 その関係性で、自分が得られるメリットは、支払うコストに見合っているか、冷静に天秤ばかりに掛けてみましょう。報われない関係に全力をつぎ込むのではなく、捨てて惜しくない程度に留めましょう。
 誠意のない人だと見極めた相手からは、撤退しましょう。最初は寂しくて、戻りたい欲求に駆られるかもしれません。ですが、また関わったとしたら、元の木阿弥になりそうだと感じるなら、思いとどまりましょう。暫くは寂しいかもしれませんが、やめてよかったと感じるときが、きっとやってきます。
 第三者に愚痴や批判をこぼしたくなるときは、相性の悪い人に貢献しすぎています。もっとふさわしい人が、居心地のいい場所があれば移りたいと、内心思っているのではありませんか。でも、孤独になるのが寂しいから、しがみついているのじゃありませんか。そうしたときには、自分に言い訳してしまいます。この人にも、いいところは多々あると。そうだとしても、あなたを粗末に扱うとしたら、あなたにとってはいい人ではありません。
 そのような人とは、友達にも恋人にもなれません。その人も、一度格下扱いした相手を同等に扱うのは難しいことでしょう。
 対等な関係性を築きたいのなら、上下意識が相手に生じる以前に、あなたの取り扱い方をちゃんと反論という形で示すことです。そんなことを言ったら、関係性を壊してしまうという恐れを押して。これを我慢するくらいなら、壊れてもいい、孤独になっても構わないと。
 その人の人生の悲しみに人としての共鳴を感じない相手なら、この先長く付き合っていかれる相手ではないことでしょう。自分にとって必要のないものをいつまでも握りしめていると、自分らしく生きられません。もういいやとため息をついて、執着を手放しましょう。
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テーマ: 癒し・ヒーリング | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

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