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嫌なことが忘れられない

 幸せは、何気ない日常の中にあります。朝起きて、体中、どこにも痛む場所がない。おいしく朝食が食べられる。それだけでも、かなり幸せなことでしょう。
 なのに、心は、昨日あった嫌な出来事を繰り返し反芻して、朝から苦虫を噛みつぶしたような顔で、ため息ばかり。家族や、身近な人に、つい当たり散らして、その人をも不幸な心境にさせてしまいます。
 暴言や理不尽な態度を取られることなど、誰の日常にもあることでしょう。ところが、心が不幸モードに陥っているときは、過去の嫌なことまで、連鎖的に思いだし、自分の人生だけが限りなく不幸なような錯覚に陥ってしまいます。

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忘れましょう、許してあげましょうと言われたとしても、忘れられないし、許せる心境にもなれそうにありません。なぜ、あんな目にあわなければならなかったのか、どうすればあわずに済んだのかと、悶々と考え続けてしまいます。
 自分が黙っていたから、あるいは、言い返してしまったから......。いずれにしても、嫌なことが起きるときは起きるものです。絶対に、嫌な展開にならない完璧な対応などありません。取り替えることができない自分の性格や能力を責めても、傷つくばかりです。自分も不完全だし、相手もまたその程度の人なのです。
 その程度の人が、相手を省みず取った行動だからと許したとしても、その行為そのものを許すこととはイコールではありません。許し難い言動は許し難い言動であることに、変わりはないのです。ただ、そうした振る舞いをする人との距離を、自分が調整することは可能です。
 失恋で深く傷つくときには、相手に多くを捧げすぎています。幸せを相手に求めすぎて、尽くしすぎてしまっています。幸福感も、不幸感も、その時その時、自分で選ぶことができるものなのです。
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カテゴリ: 認知と癒し

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