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引きこもりたいとき

 他人を支配したがる人は、「この人なら」と目を付けた人に、次第に支配者面するようになっていきます。相手が期待に沿わない時には、怒ったり、罵ったり、他の人たちの前でその人をあざ笑ったり、さながら、恐れを抱かせることで支配が可能だと考えているかのようです。
 繊細な人は、その凶暴さの片鱗を見聞きして恐れ、自己中心的すぎる振る舞いに呆れ、支配の掌中に絡め取られては大変と逃げ出したくなることでしょう。すぐに距離を取る人は被害が少ないのですが、中には逃げ遅れてしまう人もいます。
 逃げない人は、相手の良さに注目したり、不快なことも些細なことだからと大目に見てているのかもしれません。同時に、悩んでもいることでしょう。「この人は、なぜこうなのか、理解できない。」と。

 その人は、人を傷つけるようなことは言わない、人の重荷になるような頼みごとはしないあなたとは、別次元の世界に生きているのです。その人は、貰いなれています。貰って当たり前と考えています。相手の痛みを気遣って、その快楽を手放したりはしません。
 そのような相手には、あなたが当然と考える「誠実さ」では、歯が立ちません。その誠実さは、相手には牛耳りやすさでしかないのです。最初の一歩を許してはいけない相手だったと、後になって気付くことでしょう。

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 このような経験をすると、もう山奥に引きこもってしまいたい心境になるかもしれません。これまで明るく接してきましたが、もう、「くれくれ」と要求ばかりしてくる人間関係に心底ウンザリです。どんな人とも、うまく付き合っていきたい、波風を立てたくない、そうした平和主義が、手ごわい相手を前に、難破してしまったのです。
 相手の我がまま、身勝手を大目に見る、その優しさ、寛大さの裏には、対立することへの恐れがあります。相手を失いたくない、嫌われたくないという恐れです。喧嘩の経験も乏しく、どうしていいのかも解りません。
 そこで、譲歩し、協調することで友好関係を保とうとするのですが、これでは、許された相手は、いつまでも甘えた態度を改めません。少し拒んだりすると、不機嫌を見せて、優しい人からさらなる譲歩を引き出そうとすることでしょう。
 引きこもりたくなった時には、相手に合わせすぎて、自分の心に嘘をついていなかったか、無理をしすぎていなかったか、振り返ってみましょう。相手が、暴言を吐いて挑みかかるほど増長してしまっているなら、甘やかすにもほどがあるというものです。相手のためにもなりません。
 どんな相手とも、うまく付き合っていきたい。まず、この望みを捨ててみましょう。うまく付き合えない相手がいたとしても、自分のソーシャルスキルが足りないと、自分を責めないでください。自分の誠実さに、誠実さを返してくれる人はいます。ありのままの自分でいて、互いに非難し合わない相手が一人いれば、それで充分です。
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テーマ: 癒し・ヒーリング | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

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