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恐怖による支配

 「つい、カッとなって...」「相手が、怒らせるようなことを言うから」衝動的に怒りが噴き上がったとしても、人は、それをぶつける相手は選ぶものです。倍返しされそうな相手や、まずい展開になりそうな相手に、ぶつけることはありません。相手を屈服させるために、屈服しそうな対象を選んでいるのです。つまり、穏やかで、従順に従ってくれる相手に、理不尽に向けられやすいのです。
 怒りは、短期的には他者を従わせるに有効な手段といえます。ですから、どこの職場にも、恐怖を撒き散らして、部下の行動をコントロールしたがる上司がいることでしょう。また、親しい対象にのみ、怒りを振りまく甘えた人たちもいます。

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荒れ狂う上司のいる職場は、緊張感とストレスに満ちて、生産性も上がりません。社員の入れ替わりも頻繁になっていきます。たとえ、自分がターゲットに選ばれていないにしても、上司のあり方に嫌気がさしてしまうことでしょう。また、職場全体が、恐怖の支配に毒されているような場合は、長く身を置ける場所ではありません。
 運悪く、ターゲットに見込まれてしまった場合は、「なぜ、自分だけが怒られてばかりなんだろう、きっと性格が弱いから、人としてダメなんだ」と、自分を責めたりしないことです。上司として、人としても、劣等感を持った人がこういう行為に及びやすいのです。
 恐怖を与えることは、職場を失いたくない人を従わせる有効な手段です。別れ話を恐れる恋人も、DVに従順になるかもしれません。
 ですが、恐怖を与える行為は、相手を支配する手段であると同時に、憎まれるに有効な方法でもあります。恐れて従ったからといって、好意や尊敬があるわけではないのです。
 もちろん、目的の遂行のためには、嫌われ役も致し方ないという意見もあることでしょう。短気的にであれば、一定の成果も期待できるかもしれません。長期的には、人は消耗する環境に居続けることはできません。

 パートナーや恋人を憂さ晴らしの対象にして、恐怖を与える人は、その恋人に甘えすぎています。自分への好意が不変であると、油断しすぎています。与えられること、愛されることに慣れすぎ、相手への関心が乏しいほど、根拠のない安心感を抱きがちです。失いたくないという思いが自分の中にもあれば、おのずと嫌われるリスクへ注意が向くものです。
 昨日、好きだと言ってくれたからといって、明日もそうだとは限りません。保障など、どこにもないのです。
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