Sponsored Link

確信と自己正当化

 妄想とは、『自分が正しいと信じ込む病』ですが、その背景には「信じたい」という需要があります。誤りたくないし、誤ったことを謝りたくないのです。
「謝る」という行為を通して、相手に与えるメッセージは、
「あなたをたいせつな存在だと思っている。」という姿勢です。
「キミが○○と言ったから、△△な表情をしたから、キミはこう思っているに違いない!!かならず、そう考えているはずだ!!」
といった、外界に対する自分独自の意味づけを正当化する態度は、強迫的、妄想的であるばかりでなく、
 「あなたをたいせつな存在だと思っていない。」というメッセージを発しています。自分を弁護することに必死で、相手の痛みを受け入れられません。
 相手の立場に立てる人、相手の痛みに共感できる人、相手との関係をたいせつにしたい人には、謝る行為は、なんでもないことですが、自己正当化ADHD、自己愛性人格、といった自分を守りたい人には「謝る」という行為には、途方もない勇気がともなうようです。自分の行動に自分で責任を取る勇気、です。

Sponsored Link

これがないために、自分の非を認めることができません。自分の正しさを手放せないのです。
 正しさは人を救いません。本当にそれが正しくあったときでさえ、人間関係を損ないます。
 愛されていない、たいせつにされていないと感じるとき、人の心は離れていきます。
 正しさを確信することは、それ以上に危険なことです。自分の信じてることが絶対に正しいと信じるとき、別の見方をしている他者を受け入れられなくなります。自分の信じる正しいもの、正義のために戦う姿勢が生まれます。
 妄想性障害の人が、「迫害される迫害者」と呼ばれるのは、防衛が攻撃へと転じやすいからでしょう。
 そうまでして、何を守るというのでしょうか。自分を愛してくれる相手との絆を焼ききってまで......
スポンサーサイト
テーマ: 回避性人格障害 | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 妄想性人格障害

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する