Sponsored Link

過剰適応のデメリット

 誰しも、他者から嫌われるのは気分のいいものではありません。できれば、好感を持たれたいものです。
 そこで、公の場では、我がままを抑え、気配りを披露するなど、自己演出を心がけます。その結果、思惑通り、周囲からの評価は良好に保たれます。表面的には、人間関係はうまくいっているように見え、自分自身もそう信じていたりします。
 ところが、本人も気づかないうちに、ストレスは蓄積されていきます。自分はよく自重し、がんばっている、これでいいのだと思っていると、我慢しすぎて自分自身を苛めている、という自覚も持てません。仕事や会合の前夜、頭痛が激しくなったり、わけもなく涙が溢れて眠れなかったり、といった身体症状が続く場合もあります。
 それでも、休むとか、辞めるといった選択肢があることに気付けません。さらに頑張って、笑顔を絶やさず、本音を封印し、周囲に合わせる事で乗り切ろうとします。

Sponsored Link

過去に拒絶された経験がトラウマになっていたり、新しい環境で早く周囲に打ち解けようとしすぎているのかもしれません。そのような場合には、往々にして、拒絶を回避するために、自分の感情や考えを押さえつけて、段々苦しくなっていきます。
 不幸なことに、対人関係を良くしようとして努力しているにもかかわらず、やがて、これが上手くいかなくなってくるのです。協調的で親和性のあるこの人に、周囲は甘えすぎ、頼りすぎ、一方的に負担を引き受ける関係が、当然のように日常化してくることもあるでしょう。また、なんとなく、本音がどこにあるのか解らない人と思われて、なかなか打ち解けてくれない人もいるかもしれません。
 相手にとって利用価値の高い存在であることを辞めた時、離れていく人もいるかもしれません。非難されることも、あるかもしれません。
 そのような人は、自分自身に辛い思いをさせてまで、協調する必要のある相手でしょうか。本来、他者のためにできる気遣いは、そうすることで自分自身に不利益を生じない範囲に限られます。無制限に言いなりになるのは、相手に対して愛の無い行動なのです。それは、自分を受け入れてほしいという要求に他なりません。
スポンサーサイト
テーマ: 癒し・ヒーリング | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する