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無気力な人

 「あ~しんど」「疲れた」と、口を開けばため息交じりの口癖ばかり。聞かされる方は、「私と居ると疲れるの?」「私と居ても、幸せじゃなさそう。」と、嫌な気分になるものです。
 「疲れた」が口癖の人には、他にも特徴的な傾向があります。一見して生気がなく、影の薄い印象を受けます。うつ病かな?と感じる人もいるでしょう。
 また、親しくなると、劣等感が強く、それを払拭しようと努力する意欲もないことに気付くでしょう。支えてほしいという依存心が、その根底に存在しています。

 何にそれほど疲れているのかといえば、今日、今、この時ではなく、これまでの人生そのものに疲れてしまったという人が多いものです。これまで、自分の存在を認められ、受け止めらてこなかった。そうした体験の積み重ねから、自分の存在の意味を感じることが、今もできないでいるのかもしれません。ですから、今も、周囲の反応によって、自分の存在意義を感じたいのでしょうか。
 今もまた、周囲からの反応が期待したものと違っていると、無気力になってしまい、人との関わりに気を使うこと自体、バカらしくなってくるかもしれません。「あ~しんど」「疲れた」は、今、それを聞いている人に向けられた言葉ではなく、背後に疲れる人間関係がある、もしくはあった、その愚痴を吐きだしていると考える方が自然かもしれません。疲れる関係の中で、なんとか存在を受け入れられたいとするよりも、ちょっとその関係から距離を置く勇気も必要でしょう。

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また、疲れたが口癖の人は、劣等感が強かったり、常日頃ネガティブな考え方をしています。過去の辛い記憶に縛られているのかもしれません。
 嫌な出来事ほど、記憶に残りやすいものです。ですが、どの時代にも、楽しいことはあったのではないでしょうか。埋もれた過去を掘り返してみましょう。そして、その時、楽しいひと時を過ごした人たちに感謝しましょう。
 不幸感が強くなると、他者に感謝できなくなります。今、傍に居て、やさしさをくれる人に、不足感ばかり感じ、ありがたさが解りません。そればかりか、自分のネガティブな考えが生みだした苛立ちをぶつけて、一番大事な人を傷つけてしまいます。
 もしも、去っていかれたら、「あ~、やっぱり人間関係は不毛だ。もう誰にも期待しない。」とため息を繰り返し、うつ状態に沈んでしまうのは必至です。
 無気力な人は、与えられることを、ただひたすら待つ人です。ですが、微笑みかけられても、損をする結果になるのではないかと疑って、容易には近づこうとはしません。大丈夫だと解ると、とたんにわがまま全開になります。
 周りの人に幸せにしてもらいたいと、無気力な人は考えていますが、支えてくれる人がいても、幸せにはなれません。幸せは、誰かから与えられるものではなく、自分が感じるものだからです。
 自分のために料理を作ってくれる人が傍に居ても、過去の嫌な出来事に心をはせ、辛い感情に浸ってばかりいては、幸せではありません。自分だけではなく、相手をも不幸にします。
 今、ここに感謝することが大事です。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 発達障害の周辺

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