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いじめの構図

 いじめは、加害者と被害者の他に、加害者に加担して、一緒にいじめを面白がる子分のような存在、よくないことだと思いながらも何もしない傍観者たちによって成り立っています。積極的に加担する、あるいは楽しんでいる人たちはもちろんのこと、傍観者も共犯といえます。
 加害者は、罪悪感に乏しく、相手の辛い心情を察することができません。また、我慢することが苦手で、衝動的に行動しがちな傾向もあります。自分の中の苛立ちを、吐き出す場所として被害者を選んでいます。
 ターゲットは、いやなことを言われても逆らわない、おとなしい人が多いことでしょう。体格が小柄だったり、謙遜が癖になって、自信なさげに見えることもあるでしょう。

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個性的であったり、加害者やその仲間と、ちょっと違っている事も、いじめの原因になります。自分に同化しない対象を、正当性を振りかざして、攻撃することも多々あります。
 人それぞれ、異なった事情のもとに生きているのですから、その事情を考慮し、違いを受け入れる寛容さが求められるのですが、加害者にはそれがありません。また、集団やグループには、同調圧力も働きます。加害者やそれに追随する人々は、その価値観で武装するが故に強いのです。排除されまいとして、被害者は、本音を語れず、口を閉ざすことも多いものです。

 いじめのターゲットとなった人は、自分の人格を受け入れることができません。選ばれていじめを受けるような自分を、恥じるばかりです。その深い心の傷は、その後の人生に長く尾を引くことも珍しくありません。
 周囲も、いじめられる方にも原因があるとして、適応を強いる対応を取りがちです。たとえ、あなたがどのような生まれ育ちであったとしても、他の人たちと何が違っているとしても、あなたの人格を否定するような言動を受ける理由にはなりません。
 逃げることは負けることだ、負けたくはないと、意地を張りたくなることもあるでしょう。ですが、1対集団のいじめの構図の中では、さらに傷を増やし続ける結果にもなりかねません。心身の安全を確保することの方が、先決です。
 一つの価値観がまかり通る閉塞的な集団では、いじめが起きやすくなります。また、構成員にかかるストレスが大きいほど、その吐け口が、弱者へと向かいます。
 加害者たちは、被害者の存在が自分の足を引っ張っているようにも感じ、自分こそが迷惑していると思って、自分の加害の強さを自覚しません。
 これは、人間関係の力学が傾きすぎてしまっているということなので、被害者側が、この状態で頑張り続け、加害者に協力的、順応的になることで切り抜けようとしても、叩きやすい対象として、いじめの加速を招くことにもなりかねません。そうすることで、加害者の、優位に立ちたいという欲求を容易に満たせるのです。
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