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依存されやすい人

 誰に対しても笑顔で接する好感度の高い人は、困った人たちに寄ってこられるという悩みを抱えていることがあります。未熟なパーソナリティの人たちから、依存されやすいのです。
 数回顔を合わせただけのよく知らない人から、電話が頻繁にかかるようになり、しかも長電話。内容は第三者の悪口や愚痴ばかり。慰めようとすると、気に入らなかったのか逆ギレし、怒涛のように罵詈雑言を浴びせてくる。いったい、この人はどうなっているの?と、わけが解らず、不愉快な思いに駆られます。

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依存する人は、自分を丸ごと受け入れてくれる人、思い通りに動いてくれる人を、絶えず探しています。一度は期待通りだと見込まれた感じのいい人ですが、相手の見込み通りとは限りません。その後、期待通りではない部分に出会い、その不満が攻撃性となって、叩きつけられたのでしょう。もっとわたしの心に寄り添って!思い通りになって!という愛情欲求なのです。
 依存する人は、一見、気が強そうだったり、交友関係が華やかだったりしますが、過去の挫折体験の数々から、落伍感を抱いていることも少なくありません。そこで、見下せる対象も探しています。
 一方、依存される人は、まじめで優しいのですが、そつなく人に対応するために本心を隠していることが多く、そのため、内心は孤独で、しかもそうした自分を恥じている人もいます。そのため、ずかずかと自他の境界線を踏み越えて侵入してくる人に、当初、好感を覚えることも多いのです。違和感を感じるころには、何度も、相手に振り回されて、被害を被っているという場合も少なくありません。
 逆ギレされ、罵詈雑言を浴びせられれば、さすがに、二度とこの相手からの電話を取ろうとは思わないことでしょう。ですが、そこまで攻撃が激しくない場合、利用されたり、見下されていると感じながらも、暫く、その関係性が続いてしまうこともあります。
 依存を断ち切るのは、愛された経験かもしれません。今は天に旅立ってしまったけれど、かつて、たいせつにしてくれる人がいた。今、この人に体よく利用されたり、見下されたりしながらも、この人の友人でいることは、私をたいせつにしてくれたあの人に申し訳ない、そうした想いかもしれません。愛された経験があるからこそ、もっと自分をたいせつにしようと思うのです。

 孤独を恐れて、自分を大事にすることを後回しにしてしまうと、誰かのために犠牲を払ったり、拒絶されるのが怖くてNOが言えません。そうした状態では、容易に人から依存されてしまいます。
 依存する人は、相手の領域が解っていません。ずかずかと無遠慮に踏み込み、相手の都合も考えず、自分の都合を押し付けることが親密になる手段だと考えています。依存する人が、誰かを訪ねるときの手土産は、「頼みごと」なのです。
 依存されて苦しんでいるなら、それは、自分の中の不安や自己不信感に気を取られすぎて、自分を愛することを忘れているからなのでしょう。あなたを愛した人が、たいせつにしていたあなたを、自分で苛めてはいけません。
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テーマ: 人生を豊かに生きる | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: 認知と癒し

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