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付き合ってはいけない人

 誰しも、最初から危険そうに見える相手には近寄りません。疲れる人間関係は、気付いたときにはそうなっていたというケースが多いもの。自分が求めている関係性を再確認し、逸脱してしまった関係を整理することも、時には必要です。
 その関わりから、相手が一方的に利益を得、自分は支えるだけ、支払うだけになってしまったら、それはもう清算すべきタイミングです。
 なぜ、そういう関係性に陥ってしまうのかといえば、それは、相手に愛がないからに他なりません。愛がないからこそ、一方的に自分の利益を得るために、相手を利用することに痛みを感じないのです。

 モラハラ加害者は、ことばで相手を傷つけます。ほんの些細な事柄を取りあげて、延々と非難を続けます。たとえば、机の下にティッシュペーパー一つ落ちていただけで、どんな躾をしたのか親の顔が見たいと、親まで非難の対象にします。
 原因は、言うまでもなく、なじっている本人にあります。自分自身が何らかの敗北感に苛まれているからこそ、その毒を、反撃されない対象にぶつける必要があるのです。安全なターゲットに選ばれ、相手の毒をタオルのように拭きとり続けていると、ボロぞうきんになってしまいます。百害あって一利なしです。本当に自分はダメな人かもしれないと、自己評価の落ちる前に離れるに限ります。

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支配的な人には、依存心が隠れている事があります。人に命じて、自分のいいように動かすと、自分でしなくても用が済む上、人の上に立てる存在になったかのように優越感に浸れます。
 自分ができないことを人にやってもらいたい人は、常にやってくれる人を探していますが、人にいいように使われたい人はいません。親切心から一度引き受けると、次々と依頼が来ることもあるので、注意が必要です。
 本来、人間関係は双方向です。互いに支え合うものです。依存心の強い人は、それを口にしながら、一方的な奉仕を求めます。尽くされて当然と思っているようで、支えてくれる相手を支えようとはしないものです。やればやるほど、依頼が多くなります。
 自分が搾取的であることを自覚していないことも多く、やってくれる相手に対して不足を言い、相手を格下に見下すのも特徴です。無理を重ねて相手の便宜を図った挙句、限界に達して距離を置くと、以前はやってくれたのにと、逆恨みされることにもなりかねません。最初から自分の限度を示しておくことがたいせつです。
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