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言い返せない人

 人と接することによって受けるストレスに悩んでいる人は、少なくないことでしょう。そうした人たちの周囲からの評価は、決して悪くはありません。「温厚で癒し系。羊のような人。」と言われたり、「棘のないバラのようだ」などとたとえられたり、素直で従順という評判を受けたりしていることでしょう。
 なぜ、そうした印象を与えているのでしょうか。周囲の印象に残っているのは、些細なからかいから言葉による暴力まで、その人が言い返さず、沈黙したり笑顔を返しているという、その一点にあるのかもしれません。
 もちろん、言われた人の心中は、決して穏やかではありません。ですが、心の中は周囲には見えません。温厚な人が誤解しているのは、この点なのです。
「私が聞いて不快になる言葉は、誰が聞いても不快なはず。なのになぜ、あの人は相手に嫌われるようなことを言うのだろう。嫌がっていることが解らないのだろうか?」
 と、不思議に思っていますが、解らないのです。その胸中を洞察してみようと思うほど、人は他者に関心が無いのです。ちょっと考えてみれば解ることも、考えなければ解りません。

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我慢し続けたり、笑顔でごまかしていると、溜まる一方のストレスに耐えられなくなり、いずれその相手を遮断したくなります。絶交したり、退職したり、ですが、それで終わりではありません。一矢も報いることなく終わってしまった関係は、まだ未解決なのです。いつまでも、怒りが尾を引くことになりかねません。
 不意打ちの一撃は、とっさに言い返せないものです。唖然としている間に相手は立ち去り、何が起きたのかやっと解り、悔しさがこみ上げてきてももう手遅れ、というような出来事は、誰にも覚えがあることでしょう。よく知らない相手に対しては、どう対処して良いのか、とっさに判断できないことは珍しくありません。
 ただ、同じ相手からの不条理な対応に、ずっと悩まされているなら、なぜ自衛できないのか、自分を守れないのか、考えてみる必要がありそうです。温厚でまじめな人を悩ませるのは、一握りの不埒であつかましく、非常識な人たちでしょう。これまでの同調や従順といった対処では、信頼や好意を勝ち取れないばかりか、さらに譲歩や我慢を強いられかねない相手です。
 そうと解っていても、顔がこわばって、一言も声が出ない、自分が傷つけられる場面でフリーズしてしまう、こうした人は明らかに喧嘩の経験が足りません。そして、言い返せない理由として「相手を傷つけてしまうから」「悪い評判が立つかもしれない」「場の空気を平穏に保ちたい」など等、思い浮かべますが、対立するという未知の領域への恐れと不安がそこにないでしょうか。
 ですが、対立を避け、我慢し続けたところで、いずれ、疲れ果ててその関係は破綻します。むしろ、維持したい関係こそ、対立した方がいいのです。黙っていては、相手は、自分の言動があなたを傷つけていることに気付けません。
 悪気がなくて、無邪気に自己中に振舞っている人は、自分が与えたものにふさわしい結果が返ることを知る必要があります。我慢し続けて、教えてあげないのは、不誠実ともいえます。
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カテゴリ: 認知と癒し

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