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依存と愛の欠如

 依存心が強いということは、相手に対し、自分の望むようにふるまってくれることを期待し、そうすることが当然のように要求してしまうことなのです。自分を満足させるために、相手に対してこうしてほしいと勝手に期待し、相手がそのように振舞ってくれないと、失望して相手を責めたり、怒りをぶつけたりしてしまうのです。
 本来、人は皆、自分の行動を自分で決める自由がありますから、人が自分の期待通りに動かないからといって、相手を責める権利など、どこにもありません。ですが、依存心の強いと、相手の自由を認めることが出来ず、自分の都合のために相手をコントロールしようとしてしまうのです。
 このように依存心の強い人は、自分にできないことは人にやってもらうのべきだという哲学を持っています。「基本、自分のことは自分でする。」とは考えていません。
 また、他者の役に立つのが、人間の価値だとも思っています。誰かの役に立たないと、自分の人生に価値がないように思うのです。

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したがって、誰かにものを頼むときも、「使ってあげている、必要としてあげている。」といった上すら目線になりがちです。厄介な用を持ってこられて困るといった反応を示されると、「あの人は、他者の役に立つ喜びを知らない。」とその人を非難します。誰かの役に立つことが人としての価値と思っているのですから、その人は価値のない人間だという評価になります。
 依存は、愛の欠如です。その人にはその人の都合があり、自分の必要のために常に控えているわけではないということに、目を向けようとはしません。
 依存心の強い人は、「やってくれ、頼まれてくれ、与えてくれ。」のくれくれ症候群ですから、与えられたらその相手に、今度は自分が与えるといった発想がありません。応じてくれそうだと知ると、次から次へと、相手が根を上げて逃げだすまで、依存し続けることになります。そして、もう役に立たなくなった人は、ポイと棄てます。
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カテゴリ: 発達障害の周辺

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