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必要とされたい人

 人から頼られ、必要とされることに喜びを見出す人は、少なくないことでしょう。この承認欲求は、他者から必要とされないとき自分を傷つけ、同様の他者を侮蔑する考えに至ります。他人にとって役に立つ資質を、その個人が有していないなら、誰の役にも立たないなら、その人には生きる価値がない、不要な存在だという思想に通じるのです。
 必要とされたい人は、家族のためによく働き、社会の中でも他者に抜きんでて功績を積もうとすることでしょう。そうした優れた面はあるのですが、その人の中に、他者に役立たなければ価値がないという思想があるのでは、周りの人は寛げません。社会が求める資質の乏しい人を差別したがる思想は、人を脅かすと同時に、自分もまた苦しめます。

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そもそも、他者にとって価値のあるものを提供するために、人は生きているわけではありません。人も、他の動物たちも、自分を生かすために生きています。
 必要とされたい人は、他者への自然な思いやりを、どこかに置き忘れています。わたしたちが親しい人を気遣うのは、愛や同情といった自然な感情の動きが、そこにあるからです。必要とされたい人は、自分の存在価値を示すチャンスと捉えてしまいますので、相手の目には自己中心的と映ってしまいます。
 人から必要とされないことは、それほど辛いことでしょうか。逆に、必要とされること、やたらと頼られることは、気の重いことではありませんか。
 誰かの役に立つ自分を周囲に示そうと奔走などしなくとも、趣味や団欒の中に、多くの人は幸福感を得るものです。多くの人の役に立っていないから、価値がない人間だなどとは、夢にも考えていないことでしょう。
 自分の価値を、他人から必要とされることに預ける人生は、危ういものです。他者からの期待や愛情は、移ろいやすいものですから。そうしたものに、自己存在の肯定を委ねず、どのような自分をも受け入れる必要があります。どのような状況を生きる他者をも、蔑まず、各々の人生に慈愛の目を向けられるようになるために。
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