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日常の中のサイコパス

 「ここだけの話だけれど」と、自分が知りえた他人の秘密を口外する人は、複数の人に同様の手口を使っています。自分は信頼されている、選ばれた存在だ、などと思うと、後で、裏切られた心境になることでしょう。

「ここだけの話だけれど」と、悪口を言っていたその相手と会うと、親しく接することができることにも驚かされることでしょう。第三者に愚痴らねばならないほどの人物なら、なるべく疎遠にしたいと考える感性の持ち主には、この二面性には驚きます。
 親しい相手にも受け入れがたいところはある、その愚痴を第三者にこぼしているのとは違います。見下したり、軽蔑している相手に、進んで接近しているのです。親しくなりたいわけではありません。相手の持っている何らかの条件を、自分の仕事や利益に利用するために。
 もちろん、仕事と割り切って、苦手な相手とも平静を装って接することは、誰の日常の中にもありふれています。心理的な負担を感じることなく、やってのけられるのは一つの才能と言えなくもありません。近づいてこられた相手は、当初はこの人のドライさに気付かないことでしょう。

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やがて、気付かれ、責められるようなことがあると、空涙を流し、相手を丸め込もうとします。本能的に、人の感性に訴えるすべを知っているのです。
 自分に関係するすべての人間を、まずは批判します。その人らしさは、批判の対象であって、ありのままに受け入れようなどとは、決してしません。これまで自分が利用し続けた人も、役に立たなくなったり、邪魔のなれば、態度を一転させ、容赦なく追い払います。
 人それぞれに人生があり、悲喜こもごものドラマがあり、といった人それぞれの事情に、関心を持ちません。人にも動物にも、慈愛の情を持ち合わせません。いらなくなったペットを平気で殺処分したり、世話になった人も切り捨てます。

 人も動物も、命を持たない物と同類に扱います。このような人なのに、なぜか、いつも、周囲に人が集まります。本能的に、自分が支配できるタイプを嗅ぎ分けているかのようです。
 明るいキャラで、社交的な場合が多いので、多くの人が、最初は好印象を受けるのも事実です。ですが、次第に、何か違和感を感じます。この人の言葉には、感情が感じられないのです。
 まだ、さほど親しくないから、建前だけで話しているのだなと、当初は考えることでしょう。やがて、露骨な本音を聞くにあたって、唖然とすることになります。
 実は、この人の情緒を司る脳の部位は、不活発なのです。ですから、人の心の深淵を察することができません。表面的な理解に留まっているのです。心を理解できないから、心を持たない物と同様に扱える、とも言えそうです。

 他人は、自分が利用するために存在していると考えるこの人の生き方は、遠目には解りにくいかもしれません。頼みごとがあるときだけコンタクトを取ってきて、こちらの困り事には耳を貸さない人は要注意です。自分の欲望に忠実であり、他人の時間や金銭、健康を奪っても気にしません。
 必要とあらば、涙ながらも謝罪も、すぐにできます。ですが、相手を傷つけるその態度は、変わりません。こちらが真意です。
 この人との、より良い関係を願って、言いにくい忠告をしても、忠告する人の性格や職業を非難して幕引きになりかねません。親しくは付き合えない人と、弁える方が賢明です。
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テーマ: メンタルヘルス | ジャンル: 心と身体

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