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カルトの世界

 全ての創造主たる唯一無二の『神』がいるとする概念は、科学の発達とともに、衰退してきました。かつて、未成熟な社会では、全ての物事の成り立ちと結末を、神の技として一件落着としました。世の中は、様々な不条理に満ちていますから、神の計らいとして受け入れるしかない、人の悲しみも見てとれます。

 伝説が、故人を神の座に持ちあげます。後世の人々の理想が、幾重にも書き加わって、いつの間にかバイブルは、荒唐無稽なものになっていきます。海の上を歩いたり、死者を生き返らせる能力を、神たる超人に与えます。海の上を歩いてでも助けに来てほしい、愛しい人を蘇らせてほしい、祈るしかない悲しみがそこにあります。
 藁にでもすがりたい、そうした心境の時、人は藁を掴みます。たとえ、藁でも、大海原を独り漂流する心には支えとなるのです。

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バイブルに書かれているような荒唐無稽なフィクションを、真に受けるような人などいないことでしょう。心身の健康と環境に恵まれた人であれば。
 これこそ唯一の真実だと力説する胡散臭い教祖に、付き従うものなどいないはずです。脳の機能も状況も、順風満帆であるならば。カルトの門をくぐった時、浴びせられる見え透いた賛美のシャワーを、薄気味悪く感じることでしょう。
 ところが、社会に居場所を見出せない人、心身に不調を抱えた孤独な人には、自分を居させてくれる唯一の場所となります。カルトの世界に足を踏み入れた人が、なかなか抜け出せないのは、そこの人間関係が心地良いからでしょう。逆に、そこでの人間関係の苦痛が、脱出のきっかけになります。
 
 カルト的な社会にいると、自主性を持った人でも、知らず知らずのうちにマインドコントロールされてしまうこともあります。人は、所属する社会の価値観を、常識として受け入れてしまう傾向があるのです。
 
 ないものをあると断言しきるのは、欺瞞です。あの世の幸福を約束して、金銭を要求するのは詐欺です。宗教団体に所属するのは、搾取産業を身を削って支えるということです。そのお金は、もらうことに慣れすぎてお金のありがたみも解らない教祖の、都合のために使われます。
 本来、何事も事実を確認せず、信じ込むなどということはよくありません。詐欺師はあなたがもっとも苦しいときにやってきて、甘い言葉で空約束します。この人ならと信じると、なけなしのお金や健康を損なうことになります。
 たとえ、少々不満でも、生まれ持った心身の資質や、環境、時代を受け入れて、闇雲に救いを求めない、そこに詐欺師は近寄れません。
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テーマ: スピリチュアル | ジャンル: 心と身体
カテゴリ: カルト

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